宮沢賢治と中尊寺

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宮沢賢治と中尊寺

合祀されている宮沢賢治

宮沢賢治の詩碑が、中尊寺境内にある事は
多くの方がご存知の通りですが、金色堂に宮沢賢治が
合祀されている
事は、ご存じない方が多いようです。

 

藤原氏四代の葬堂である金色堂に合祀されるくらいですから
宮沢賢治は、近代の中尊寺から高い評価を得ていたことが解ります。

 

合祀の理由

宮沢賢治の金色堂合祀は、1959年5月10日に行われました。
この日は金色堂建立850年記念宮沢賢治祭詩碑除幕式が
執り行われた日で、その後に金色堂合祀追福法要として行われました。

 

宮沢賢治が金色堂に合祀された理由としては、宮沢賢治が熱心な
法華経信者であった事が上げられます。

 

その為、延暦寺(天台宗総本山)からも高い評価を
得ていて、比叡山にも歌碑があります。
賢治の詩には、最澄が理想とした慈悲の心に通じる作品も
多いと言われていて、そのような点が、同じ天台宗の中尊寺でも
高い評価を得ていて、合祀された理由と言えます。

 

宮沢賢治と天台宗

宮沢賢治の歌碑は比叡山にもあります。
それは、宮沢賢治が熱心な法華経信者であったため、
1921年に延暦寺を訪れ、短歌を詠んでいたりしたためです。

 

「アメニモマケズ」に感嘆したと言う、故葉上大僧正が
宮沢賢治を大称賛して、歌碑の建立に力を尽くした結果
比叡山への宮沢の歌碑が建立される事となりました。

 

同時に、この延暦寺の賢治歌碑建立が、その後の
中尊寺の賢治詩碑建立のキッカケとなりました。

 

比叡山にある賢治歌碑は凄い所にあります。
賢治歌碑のある場所は、国宝の根本中堂の前です。
根本中堂は、最澄が灯した不滅の法灯が1200年の時を超えて
現在でも灯っているお堂です。

 

このような特別な場所に、天台宗総本山の延暦寺が
賢治歌碑を建立しているのは、宮沢賢治に高い評価をしているからです。

 

中尊寺で詠んだ詩

宮沢賢治には中尊寺で二つの詩を詠んでいます。
中尊寺と青き鐘の二つです。

 

文語詩「中尊寺」
中尊寺は金色堂の前に立つ賢治詩碑に刻まれている詩です。
詩は下記のとおりです。

 

「七重の舎利の小塔に    
 蓋なすや緑の燐光     
 大盗は銀のかたびら    
 おろがむとまづ膝だてば  
 赭のまなこたゞつぶらにて  
 もろの肱映えかゞやけり  
 手触れ得ね舎利の宝塔   
 大盗は禮して没ゆる」  

 

この詩は、簡単に言うと、金色堂に盗みに入った大泥棒も
金色堂の放つ燐光と、その迫力に盗むことが出来ず、
一礼をして、その場を立ち去っていくと言った意味です。

 

この大泥棒は、源頼朝を指していると言われていますが、
他にも幾つかの説があるようです。

 

青き鐘
青き鐘は賢治が1912年に詠んだ詩

 

「中尊寺 青葉に曇る夕暮れの そわふるわして青き鐘鳴る」

 

と読みました。

 

青き鐘は平和と非戦を願う鐘で、現在は突くことはありませんが、
先の東日本大震災の犠牲者の冥福を祈り、特別に3月19日に突かれました。

 

 

 


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