おくのほそ道碑・芭蕉像と宮沢賢治の碑

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おくのほそ道碑・芭蕉像と宮沢賢治の碑

中尊寺の院内には、松尾芭蕉の碑(おくのほそ道碑)や
芭蕉像、宮沢賢治の詩碑もあります。

芭蕉の句碑

宮沢賢治の詩碑

宮沢賢治の詩碑は、新覆堂(金色堂を囲っている建物)の門(入り口)を入ると、
右にスロープが付いていて、そのスロープの途中の右側にあります。
季節によっては、樹木の葉に隠れて見えにくいかもしれません。

 

宮沢賢治と言えば、岩手を代表する童話作家で、銀河鉄道の夜が有名ですが、
宮沢賢治も中尊寺を訪れて、金色堂から受けるイメージを詩に残したそうです。
碑には詩が書かれています。

 

意味は正しくは解りませんが、一説によると、金色堂を盗みにきた大泥棒がいたが
余りの威厳に盗みを諦めて、謝って去っていくと言う意味と聞いたことがあります。
そして金色堂には、藤原氏三代の御霊が仏様となり、威厳を醸し出していたと
言うことらしいです。

 

大泥棒は、藤原氏を滅ぼした源頼朝や朝廷と言う説が一般的みたいですが、
中には秀吉の国盗りにかこつけ、秀吉の事を表していると言う説もあるようです。

 

実は宮沢賢治と中尊寺は関係が深く、このような詩碑も建てられていますが、
それ以上に驚くことは、宮沢賢治が金色堂に合祀されていることです。
金色堂が清衡公を初め、藤原氏四代が眠る葬堂である事は、広く知られて
いますが、そこに宮沢賢治が合祀されている事は案外知られていません。


おくのほそ道碑と芭蕉像

松尾芭蕉は、平泉や衣川等の周辺を訪れて、様々な所で
名句を詠んで、今でも残っていますが、世界遺産登録されている中尊寺や
毛越寺にも、松尾芭蕉の句碑は残されています。

 

中尊寺にある松尾芭蕉が残した句碑は、金色堂から旧覆堂に向かっていくと
旧覆堂の手前の左側にあります。

写真を見てもらえば解りますが、おくのほそ道碑(芭蕉句碑)と芭蕉像が一緒にあります。
ここで芭蕉が詠んだのが

 

「五月雨の降のこしてや光堂 (さみだれの ふりのこしてや ひかりどう)」

 

と言う句です。

 

光堂とは金色堂の事で金色堂の素晴らしさにただただ、
感動して詠んだと言われている有名な句です。

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