白山神社と能舞台のページ

スポンサード・リンク

白山神社と能舞台

白山神社は金色堂の反対側に位置していて赤い鳥居が目印です。

赤い鳥居の手前には大きな看板があるのでわかりやすいです。
この赤い鳥居をくぐり砂利の参道を進んでいくと、一番最初に見えるのが
能舞台(能楽殿)で、その先に白山神社の拝殿があります。

能舞台(白山神社能楽殿)


能舞台(白山神社能楽殿)は、重要文化財にも指定されていて
中尊寺を代表する施設の一つです。
能舞台の奥には鏡の松と呼ばれる絵が描かれていて、
茅葺きの壮大な能舞台を引き立てています。

現在の白山神社能楽殿は1853年に再建されたものですが、
日本を代表する能舞台の遺構と言われていて、
現在でも藤原まつりや中尊寺薪能では演能が行われています。

 

一応見てきましたが、正直に言うと能や神楽に余り興味がない私にはピンと来ませんでした。
個人的には能楽殿の左隣にある、かんざん亭の自然薯そばの方が興味があったのですが、
残念ながらお休みでした。(^_^;)

白山神社


能楽堂を過ぎていくと白山神社の本殿があります。
白山神社は中尊寺の中にありますが、歴史は中尊寺より古く
奥州藤原氏の初代、清衡公が平泉を開く遥か昔(850年)に
中尊寺を開山した慈覚大師円仁によって、この地に祀られたとされ、
その後藤原氏により、北方を鎮護する神として、中尊寺の本殿と共に
崇められたと伝えられています。

 


一説によると白山神社は、白山信仰に関係があり、北陸の霊峰白山で修行をした
修験者達によって広められたと言われます。

 

実は当時の岩手や秋田には金山が多く、その為山文化が盛んで、
山の民と呼ばれる人達が、集団で生活していたと言われます。

 

そして山の民は、藤原氏の初代である清衡の母方の家系である
安倍氏とも深い関わりを持っていたとされます。

 

そんな事を考えながら白山神社で撮ってきた写真を眺めていると、もしかすると
平泉や中尊寺と藤原氏は、ずっと昔から何らかの縁で結ばれていたのかも
知れないと思ったりもします。

スポンサード・リンク